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新潟地方裁判所 昭和54年(行ウ)11号 判決 1981年8月10日

原告 高橋功 外三名

被告 運輸大臣

訴訟代理人 野崎弥純 座本喜一 渥美正弘 外川利徳 中村登 外九名

主文

一  本件各訴をいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が、昭和五四年一二月、訴外日本航空株式会社に対してなした新潟―小松―ソウル間を路線とする定期航空運送事業の免許処分を取消す。

2  被告が、昭和五四年一二月、訴外全日本空輸株式会社に対してなした新潟―仙台間を路線とする定期航空運送事業の免許処分を取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案に対する答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  本案前の答弁の理由

原告らは本訴において、新潟空港の運用により生ずる航空機発着に伴う騒音等によりその生活利益を侵害されていると主張して、請求の趣旨にかかる各免許処分(以下「本件各処分」という)の取消を求めている。しかしながら、本件各処分の根拠法規である航空法第一〇一条の規定は、原告らの個人的な生活上の利益をその保護の対象たる利益としていないことは明らかである。

従つて、原告らは本件各処分の取消を求めるにつき行政事件訴訟法第九条所定の「法律上の利益」を有するものではなく、原告らが本件各訴について原告適格を欠くことは明らかであるから、本件各訴は不適法として却下されるべきである。

二  本案前の答弁の理由に対する原告らの反論

一般に、行政作用は私法上の法律行為と異なり、社会的作用として広く公共的影響力を及ぼすものが多く、第三者からの出訴が許されることは当然であつて、とりわけ本件各処分のごとく、訴外日本航空株式会社(以下「日本航空」という)及び訴外全日本空輸株式会社(以下「全日空」という)が受益者として享受する必然の結果として、原告らの人格権等が著しく侵害されている以上、原告らに本件各処分の適法性の審査を求める適格性があることは歴然としている。

三  請求原因

1  原告らは、いずれも新潟空港の水平表面下に居住し、新潟空港の施設の運用に伴つて生ずる航空機騒音のため、健康を害され、会話、ラジオ、テレビの視聴を妨害される等その生活利益を侵害されている者たちである。

2  被告は、日本航空に対し、昭和五四年一二月、新潟―小松―ソウル間を路線とする定期航空運送事業の免許処分をなし、同月、全日空に対し、新潟―仙台間を路線とする定期航空運送事業の免許処分をなした。

3  本件各処分は次の各点においていずれも違法なものである。

(一) 定期航空運送事業の免許基準の一つとして航空法第一〇一条第一項第三号は「事業計画が経営上及び航空保安上適切なものであること」を掲げているところ、本件各定期航空運送事業に供される飛行場である新潟空港は被告設置にかかるものであるが、同空港は次のとおり違法な施設である。そのような施設の供用を前提とする本件各定期航空運送事業は右航空法の規定にいう航空保安上適切なものでないことはいうまでもない。

公共の用に供する飛行場は、航空法第四六条の規定に基づいて告示された供用開始期日以降でなければその施設を供用することができないにもかかわらず、被告は以下のとおり、新潟空港の着陸帯B及び滑走路Bをその告示した供用開始期日以前から違法に供用してきた。

(1) 被告が新潟空港に補助滑走路Bを設置し、昭和三八年運輸省告示第三二八号により、これを供用開始したのは昭和三八年一〇月一日である。右時点での着陸帯B及び滑走路Bの規格は次のとおりである。

着陸帯B 長さ 一、三二〇メートル

幅         一五〇メートル

滑走路B 長さ 一、二〇〇メートル

幅          三〇メートル

(2) 被告は、昭和四六年一〇月九日運輸省告示第三五九号をもつて、第一期ないし第三期の三回にわたり着陸帯Bに変更を加えることを告示した。同告示によれば、着陸帯Bにつき次のとおり変更が加えられ、その供用開始が予定されるものとされていた。すなわち

(第一期)

等級 D級

区域 長さ   一、六二〇メートル

幅         一五〇メートル

供用開始予定期日 昭和四七年四月一日

(第二期)

等級 C級

区域 長さ   二、〇二〇メートル

幅         一五〇メートル

供用開始予定期日 昭和四七年一〇月一日

(第三期)

等級 C級

区域 長さ   二、〇二〇メートル

幅         三〇〇メートル

供用開始予定期日 昭和四八年六月一日

(3) そして、被告は、昭和四七年三月三一日、運輸省告示第一〇五号をもつて、次のとおり変更された着陸帯B及び滑走路Bにつきその供用開始期日を同年四月一日とする旨告示した。

着陸帯B 等級 D級

長さ      一、六二〇メートル

滑走路B 長さ 一、五〇〇メートル

幅          四五メートル

(4) しかしながら、被告は、前記告示第三五九号を告示するより前の昭和四四年中には、前記告示第一〇五号で告示された変更工事を完了していたのみならず、着陸帯Bの幅のごときは既に三〇〇メートルに拡幅されていたものであり、昭和四五年一月には実際にこれら変更された着陸帯B及び滑走路Bの供用が開始されていた。なお、滑走路Bについても長さ、幅の外、強度を単車輪加重で八・五トンから二四・〇トンに強化する変更が加えられており、変更というより新設に等しいものである。

(5) 以上のように、変更後の着陸帯B及び滑走路Bは前記告示第一〇五号により告示された供用開始期日以前に供用が開始された違法な施設に外ならない。

(二) また、新潟空港の着陸帯A及び同Bとも非計器用であるにも拘らず、被告は、昭和四八年六月から、日本航空等の定期航空運送事業者に対し、同空港を使用し、中型ジエツト旅客機を機材とする定期航空運送事業の免許処分をなすとともに、計器飛行を必要とする右旅客機の離着陸の許可処分をなし、着陸帯Bを計器用に供用している。被告の右行為は明らかに違法であり、このように違法な行為によつて機能している同空港を供用する本件定期航空運送事業に対してなされた本件各処分もまた違法なものである。

4  更に、日本航空に対する本件処分は、次の各点において違法なものである。

(一) 航空法第一〇一条第一項第一号は、定期航空運送事業の免許基準として、「当該事業の開始が、公衆の利用に適応するものであること」を掲げているが、そこにいう公衆の利用が公序良俗に反するものであつてならないことは言うまでもない。しかるところ、日本航空に免許が与えられた本件定期航空運送事業の路線は、従前日本航空が臨時に運行していた新潟―ソウル間を小松経由としたものであるところ、右旧路線の利用客のほとんどは、いわゆる「買春」を目的とする「韓国ツアー」の団体客であつたものであり右臨時便を定期便に格上げしたものにすぎない日本航空の本件定期航空運送事業は、公衆の公序良俗に反する利用に供するものとしてその利用に適応しないものである。

(二) 次に、航空法第一〇一条第一項第二号は、前記基準として、「当該事業の開始によつて当該路線における航空輸送力が、航空輸送需要に対して著しく供給過剰にならないこと」を掲げている。ところで、日本航空の本件定期航空運送事業が営まれる新潟―小松―ソウル線はいわゆる国際線であり、昭和四二年に日本と大韓民国との間に締結された「日韓航空協定」に基づくものであつて、相互乗入れが原則である以上、輸送力が著しく供給過剰となるのは免れないところである。

(三) 以上のように、日本航空に対する本件処分は航空法第一〇一条第一項の定める免許基準を無視してなされた違法なものである。

5  よつて、原告らは本件各処分の取消を求める。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告らがいずれも新潟空港の水平表面下に居住することは認め、その余は争う。

2  同2の事実は認める。

3  同3

(一) (一)中、新潟空港が被告の設置にかかるものであること、(1)ないし(3)の事実、(4)の滑走路Bの強度が原告ら主張のとおり変更されたことは認め、航空法に原告ら主張の規定があることを除くその余は争う。

(二) (二)中、被告が原告ら主張のとおり中型ジエツト旅客機を機材とする定期航空運送事業の免許処分をなすとともに、右旅客機の離着陸許可処分をなしたことは認め、その余は争う。

4  同4

(一) (一)中、航空法に原告ら主張の規定のあることを除き、その余は争う。

(二) (二)中、新潟―小松―ソウル便が昭和四二年締結された「日韓航空協定」に基づくものであつて、相互乗入れが原則であることは認め、航空法に原告ら主張の規定のあることを除くその余は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  被告が本件各処分をなしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、原告らに本件各処分の取消を求める当事者適格があるか否かについて検討する。

行政事件訴訟法第九条によれば、行政処分の取消の訴は当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる旨規定している。そして、ここにいう当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者とは、行政権の行使により違法に侵害された国民の権利、利益の回復を図るところに取消訴訟の目的があることに鑑み、当該処分の根拠法規が具体的に私人の権利ないし利益を保護するために行政権の行使を規制している場合に、その根拠法規によつて保護されている利益と解するのが相当である。

原告らは、本件各処分の取消を求める根拠として、本件各定期航空運送事業に供される飛行場である新潟空港における航空機の発着に伴う騒音によつて、原告らの健康ないしは生活上の利益が侵害されている旨主張する。

しかしながら、本件各処分の根拠法規である航空法第一〇一条は、その第一項において免許基準を掲げているが、それは運送事業の公共性を確保することを目的とする事項の外、同法第一条の規定において同法の目的とされている航空機の航行の安全を図り、航空機を運航して営む事業の秩序を確立するための事項であり、航空機を運航して営む事業である航空運送事業に供される空港周辺住民の個人的利益を保護することを目的とするものがその中に含まれていないことは明らかであつて、同法第一〇一条をもつて原告らの主張する航空機の発着に伴う騒音によつて健康ないし生活上の利益を害されないという利益を具体的に保護した規定と解することはできない。

そして、原告らがほかに本件各処分の取消の根拠として主張する事実は、いずれも原告らの具体的権利ないし利益とは直接関係のないものであつて、これらを根拠として原告らに本件各処分の取消を求める適格があると解することもできない。

よつて原告ら主張の事実はいずれも本件各処分を取消す法律上の利益を基礎づけるものということはできず、原告らは原告適格を欠くものといわざるを得ない。

以上の次第であるから本件各訴は不適法であるから、本案について判断するまでもなく、いずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊島利夫 羽田弘 鈴木ルミ子)

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